【代表STORY】「もう、あの痛みに耐えるのは嫌だった」私が”シミを隠すプロ”から”シミを育てるプロ”になった理由
鏡を避けていた、20歳の私
周りの友達は、まるで陶器のような真っ白な肌。なのに、私の顔には20歳の頃から、隠しきれないシミが点々と広がっていました。「どうして私だけ?」そんな劣等感を抱えながら、必死にバイト代を握りしめて駆け込んだのは、美容レーザーのクリニックでした。
忘れられない「地獄のレーザー」と、束の間の魔法
施術は、想像を絶する痛みでした。「あと少し…あと少し…」と自分に言い聞かせましたが、内心では「今すぐここから逃げ出したい」と叫んでいました。 帰宅後も顔は火傷をしたように熱く、知恵熱まで出して寝込む始末。文字通り、命がけの美容でした。
でも、2週間後。かさぶたが剥がれ落ちた鏡の中の自分を見て、私は息を呑みました。 「……え、私、めちゃくちゃ可愛いかも?」 一点の曇りもない透明感。モデルか芸能人にでもなれるんじゃないか(もちろん、そんなわけはないのですが笑)、そう本気で思えるほど、肌が綺麗になったことで私の心はどこまでも前向きに、光り輝いていました。
幸せは、半年で「絶望」に変わった
しかし、現実は残酷でした。半年が経った頃、かつて消えたはずの場所に、以前よりも濃く、大きなシミが姿を現したのです。
もちろん、レーザーだけが悪いのではありません。当時の私は「消えればOK」と過信し、日焼け対策も疎か、食事も好きなものを好きなだけ。でも、その時気づいたのです。 「ただ焼くだけじゃダメだ。そもそもシミができにくい肌を作らなきゃ、一生このイタチごっこは終わらない」
「シミを隠すプロ」としての葛藤
その後、私は社会人になり、シミカバーで有名なファンデーションメーカーでスキンケア開発を担当することになりました。「隠す」技術に関しては、日本でもトップクラスの環境に身を置いていました。
転機は、コロナ禍でした。 マスク生活で「隠す」必要がなくなった人々が求めたのは、「素肌の根本的な美しさ」。主力製品だったファンデーションが売れなくなり、スキンケア担当の私は、「今こそ悩んでいる人を助けたい!」と研究室に飛び込みました。 しかし、そこで研究員から告げられたのは、衝撃の一言。
「……正直、スキンケアだけでシミをなくすのは難しい。年単位の時間がかかるよ」
「根本療法」との出会い
ショックでした。でも、諦められなかった。 それから私は、レーザーでもない、単なる化粧品でもない「第三の道」を狂ったように探し続けました。 そしてたどり着いたのが、低周波を使ったシミケア。
それは、肌を焼いて無理やり剥がすのではなく、生活習慣と二人三脚で、自分の肌が本来持っている「排出する力」を呼び覚ます方法。即効性はありません。でも、私が探し求めていた「根本療法」そのものでした。
私がホワラで叶えたいこと
「レーザーは怖い、でもこのシミをなんとかしたい」 「もう再発して泣くのは嫌だ」
そんな思いを抱えているあなたへ。 ホワラは、単にシミを薄くする場所ではありません。 あなたが自分の肌を愛し、鏡を見るたびにワクワクし、人生そのものが上向きになっていく。そんな「安心と美しさ」の拠点でありたいと思っています。
シミに悩む時間は、もう終わりにしましょう。 これからは、あなたの肌が持つ「本当の力」を一緒に育てていきませんか?
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